教育の理想を求めて

世代(団塊の世代U)



若い頃は、やり直しが聞くと思っていた。
六十を過ぎて振り返ってみると振り返ってみると、それが、いかに甘い幻想かを痛感させられる。
やり直しかきくと思って若い頃にやり残したことが今になって重くのしかかる。
今更なんて思うけれど、絶対にやり直しができないとは言わないが、やり直しができる時や事というのは限られている。
若いからこそできることは山ほどある。
若いからこそ、一日一日を大切にして生きていかないと後悔することになる。

インターネットを見ていたら世代について面白い記事が出ていた。その抜粋を載せておく。

昭和から平成にかけての世代をあげてみる。第一に、昭和一桁(1926-1934)第二に、.焼け跡世代(1935-1939)第三に、戦中生まれ世代(1941-1946)第四に、全共闘世代(1941-1949*大学進学者)第五に、団塊の世代(1947-1949)第六に、しらけ世代(1950-1964)第七に、ポスト団塊世代(1950-1955)第八に、断層の世代(1951-1960)第九に、新人類世代(1961-1970)第十に、バブル世代(1965-1969)第十一に、団塊ジュニア世代(1971-1974)第十三に、ポスト団塊ジュニア世代(1975-1979第十四に)ミニマムライフ世代(1980-1988)第十五に、ゆとり世代(1987-2004)第十六に、さとり世代(ゆとり世代と同時期)

こうしてみると世代というのは、世相を反映しているのがわかる。
そして、それは、その時代その時代を精一杯生きていくことしかない事を暗示している。

昭和一桁(1926-1934)
昭和元年から昭和9年までの8年7日間に生まれた世代。世界恐慌の最中に生まれ、戦時体制に少年期を送る。第二次大戦終了後は金の卵など若い労働力として戦後復興の担い手となった第二次大戦の開戦前の情報を持つ生き証人でもあり、近年の地域おこしなどで伝統産業や伝統芸能を復活させようとする際には、貴重な証言者ともなっている。
焼け跡世代(1935-1939)
幼少期と少年期を第二次世界大戦中に過ごした世代。第二次世界大戦中に幼少期と少年期を防空壕と焼け跡の中で過ごし、飢餓や経済的困窮、放射性被害など戦争による被害に苦しんだ。青空教室と闇市を経験した者もいる。大日本帝国憲法が廃止され日本国憲法が施行される一大パラダイムシフトを体験した世代でもある。軍国主義教育と民主主義教育の両方を経験し、第二次大戦の記憶を持つ最後の世代。

戦中生まれ世代(1941-1946)
太平洋戦争中に生まれた世代で、プレ団塊の世代と呼ばれることもある。幼少期を空襲の脅威にさらされて過ごし、第二次大戦の終結後に小学校に入る。この世代は、極東国際軍事裁判や朝鮮戦争といった、戦後の混乱期に小学校時代を送った。中卒・高卒で社会に出た者が多く、大学進学者はまだまだ少なかったが、戦後新制大学が生まれてから大学進学率は徐々に上昇し、大学卒業者がエリートと見なされていた世代と大学教育が大衆化した世代の狭間にある。
全共闘世代(1941-1949*大学進学者)
1965年から1972年までの、全共闘運動・安保闘争とベトナム戦争の時期に大学時代を送った世代。この世代の者は15%が学生運動に関わっていたと言われている。
団塊の世代(1947-1949)65歳〜67歳
第一次ベビーブームが起きた時期に生まれた世代。第二次世界大戦直後に生まれて、文化的な面や思想的な面で共通している戦後世代のことである。高度経済成長、バブル景気と失われた20年開始までの時代経験を共にしており、その突出した人口構成から良くも悪くも日本社会に多大な影響を及ぼしている。ファッションという概念が浸透し始めた世代であり、男性はジーンズ、女性はミニスカートを好んで装い、レジャーやドライブを好むなど多文化世代の先駆けとなった。2007年から2009年にかけて、200万人以上と年齢人口の多い団塊の世代のサラリーマンが一斉に定年退職を迎えるため、社会に大きな影響をもたらす危険性が問題視され、2007年問題と呼ばれた。これを機に65歳までの継続雇用を促進する「改正高齢者雇用安定法」が制定された。

私は、この団塊の世代と、しらけ世代の狭間に存在した。断層の世代と言っていいのかもしれない。
それだけに私は、全共闘世代、団塊の世代と次のしらけ世代との断層を強く感じてきた。
それこそ三日三晩徹夜して議論しないと本音が出ないと言った世代と三十分議論に耐えられない世代との相克である。

しらけ世代(1950-1964)
学生運動が下火になった時期に成人を迎えた、政治的無関心が広まった世代。世相などに関心が薄く、何においても熱くなりきれずに興が冷めた傍観者のように振る舞う世代を指した。あさま山荘事件や沖縄返還や第一次オイルショックを経験。シラケ」という言葉が若者の間で流行し、「無気力・無関心・無責任」の三無主義を中心とする一種の個人主義に徹する傾向が見られた。一般に(1950-1954)生まれをしらけ世代前期、(1955-1959)生まれを中期、(1960-1964)生まれを後期に分けている。
ポスト団塊世代(1950-1955)
団塊の世代よりも数年後(1950年代前半)に生まれた世代。「しらけ世代」、「断層の世代」にも入り、先を行く「団塊の世代」の陰に隠れてしまって、あまり目立たない印象と捉えられがちだが、ベビーブームの余波は1950年代前半まで続いており団塊の世代同様出生率が高く、人口も多い。テレビ、洗濯機、冷蔵庫といったいわゆる三種の神器が普及し始めた。
断層の世代(1951-1960)
1951年〜1960年に生まれた世代。人口は約1660万人である。団塊の世代の次に現れた世代であり、高度経済成長の時代に育った。バブル景気も経験しており元祖オタク世代でもある。断層の世代が好消費と呼ばれるようにローンを組んで買い物をするなど消費水準が高かったものの、以降の世代になるにつれて減少していき消費や支出が行われなくなっている。また断層の世代は消費の好みでは自動車やAV機器や海外旅行が多かったものの、以降の世代になるにつれてこれらへの関心も減少している。

新人類世代(1961-1970)
成熟した成人として、社会を構成する一員の自覚と責任を引き受けることを拒否し、社会そのものが一つのフィクション(物語)であるという立場をとるとされた世代。音楽でもテクノポップの流行など、社会的にも無機質な変容が感じられた時代に、高尚な哲学や思想を語ることも、一種のファッションとしての地位を得た。新人類が子育ての時期に入った1990年代は教育不信や公務員不信のムードが強まり、一部の親は学校社会において「モンスターペアレント問題」などを引き起こした。
バブル世代(1965-1969)
バブル景気の時期に就職した世代。高度経済成長の後半に生まれ、公害など経済成長の歪みが深刻化し、社会問題になっていた時期にあたる。小学校時代はスーパーカーブームやブルトレブーム、モンチッチ、リカちゃん人形、キキララなどのブームが流行。中学時代から高校時代にかけていわゆるツッパリ文化の最盛期を迎え、校内暴力発生件数が戦後最多を記録。アイドル(松田聖子、たのきんトリオ、中森明菜)などが流行った。就職期にはバブル景気で、各社こぞって高卒大卒を問わず人員募集数を拡大した。その結果、企業の求職人数は就職希望者を大幅に上回り就職に困ることはなかった。

団塊ジュニア世代(1971-1974)
1971年から1974年までのベビーブームに生まれた世代。いわゆる第二次ベビーブームに当たり、人口で言うと第一次ベビーブームの団塊の世代に次いで多い。小学生時代は上の世代(バブル世代)の校内暴力が深刻化していた時期で、学校では管理教育の締めつけが強まり、いじめや不登校が社会問題となった。中学から高校時代にかけてはバブル景気の最中であり、1980年代後半から1990年代の若者文化を担った。また、人口が多く、子供の頃より、受験戦争と呼ばれるほどの入学試験などの競争を強いられた。この世代の大学・専門学校・短大の卒業者は、就職氷河期に遭遇し、高校卒業後の受験戦争と相互経験から「貧乏くじ世代」「不運の世代」とも呼ばれている。
ポスト団塊ジュニア世代(1975-1979)
団塊ジュニアと呼称される世代後期に生まれた主に団塊の世代を親に持つ世代。この世代は、1990年代後半から2000年代のインターネット業界の成長の時期に社会人となり、新しいネット文化の担い手の中心となった。ポスト団塊ジュニアの若者は、高校生時代からネット・ケータイに親しみ、女性はコギャル文化やお姉系などの新しい文化を形成し、概ね1990年代後半から2000年代においての若者文化の担い手となる世代であった。失われた20年や就職氷河期に翻弄された世代でもある。
ミニマムライフ世代(1980-1988)
1980年から1988年に生まれた世代。ちょうど昭和末期にあたり、小学校在学中にバブル崩壊、中学校在学中に阪神淡路大震災、大学卒業時は超就職氷河期と、受難の世代でもある。そのためか、将来に対するリスクを過大に見積もる傾向があり、消費を抑えて将来に備えて貯蓄しようというミニマムな生活を好む。また非正規社員が増加し、ミニマムライフにならざるを得ない状況もある。自身を縛る状況を極端に嫌い、一定の生活水準を保ちたい世代でもある。

.ゆとり世代(1987-2004)
2002年度学習指導要領による教育(ゆとり教育)を受けた世代。17年間と長いため幼いころにバブル景気を過ごす世代もいれば崩壊後、あるいはバブルの時代を知らない世代もいる。共通して言えることは幼い頃にはIT分野がある程度成長しており、小学生在学中にコンピュータを導入した授業を受けている。またインターネットに触れる機会も多く、通信端末を操るデジタルネイティブ初代と呼ばれることもある。少子化問題のなか生まれ育った世代で、失われた20年間は学生として過ごす。好景気をほとんど知らないため堅実で安定した生活を求める傾向があり、流行に左右されず、無駄がなく自分にここちいいもの、プライドよりも実用性のあるものを選ぶという消費スタイルをもっている。ネット時代に伴い各世代からの批判の的になりやすくネットスラングとしての「ゆとり」という言葉も流行った。
さとり世代(ゆとり世代と同時期)
「さとり世代」の特徴としては「欲が無い」や「恋愛に興味が無い」や「旅行に行かない」などといった事柄が存在する。休日は自宅で過ごしていることが多く、「無駄遣いをしない」し「気の合わない人とは付き合わない」傾向が高い。さとり世代は物心ついたころには既にバブルが崩壊しており不況しか知らないし、インターネットを利用して育ってきていることから現実もよく知っており、無駄な努力や衝突は避け、大きな夢や高望みも無く、合理的な行動を心がけている。

世代というのは、共通の価値観を持っている。しかし、共通の価値観というのは自覚しがたい。なんとなくほかの世代と違う言った程度だ。しかし、実際には、その価値観の違いが大きく作用する。
自分たちの世代の価値観を普遍化してしまうからである。
それが世代間に見えない壁を作り、いつの間にか越えがたい溝となってしまっている。
それは何が是か非かの問題ではなく。自分たちが何を常識としているか、何を当然の事として受け止めているかの違いでもある。だからとても厄介なのである。


団塊の世代


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