真の教育とは


愛と性



 愛と性の問題ほど、現代の教育を象徴しているものはないだろう。
 愛について、何も教えないどころか、純粋な愛に否定的なことばかり教え、愛に対する幻滅を植え付け、過剰なまで性に対する情報を流す。これでは、子供達は人間不信に陥り、人生に絶望しても不思議はない。

 現実とは、甘いものではない。汚くて醜いものだと教え続ける者達が居ます。彼等は、何が言いたいのでしょう。現実の社会を否定して、革命でも起こそうというのでしょうか。それとも、自分たちの行為を正当化したいのでしょうか。子供達を堕落させたいのでしょうか。それとも人間不信に陥らせ、絶望させたいのでしょうか。いずれにせよ、人間のもろさ、醜さ、汚さのみを、教育し続ける動機が、ハッキリしません。
 現実の世界が、醜く、汚いとしたら、人間が、もろく、弱い存在だとしたら、なおさらの事、清く、正しく生きることの意義を教え込み、未来へ希望をつなげられるようにすべきです。

 今の、教育者達の間では、性教育は、問題になっても、愛情は、問題にならない。なぜなら、性は、科学、つまり、客観的問題だが、愛は、思想、つまり、主観的問題だからだ。客観的問題を扱っている限り、誰も責任をとる必要がないからである。
 これは、教育者が敗戦によって身につけた保身術です。

 恋愛は、文化です。恋愛を通じて人生を学ぶ。
 愛と性の教材は、歴史や文学に事欠かない。しかし、現代教育では、生物学的問題にすぎない。

 愛は、究極の目的です。故に、愛について語らずに、性欲について、教えることは、危険な事です。善悪の判断が付かない者に欲望だけを教え込む事に、他ならないからです。

 恋愛を成就するためには、性の知識だけでは駄目です。まず、基本的な人間関係が作れなければなりません。会話ができなければ、恋人どころか友人もできません。相手への思いやりやいたわりの気持ちがなければ、正常な人間関係は築けません。
 つまり、恋愛というのは、人間として生きていく為の、最低限の知識と技術がなければ、成立しないのです。それは、性的知識以前の問題です。しかも、切実な問題です。だからこそ、人を好きになり、子供を産み育てるというのは、教育の究極の目的でもあるのです。

 恋愛と育児は、教育の最大の機会です。恋愛と育児は、教育の集大成です。恋愛や育児を通して、次の世代へと、自分たちの意志を伝えていく。それは、教育本来の方向性を示しています。

 恋愛のあり方だけでなく、人間関係のあり方を教育できない。、それが、現代社会の病弊です。そのために、正常な人間関係が、損なわれているのです。家庭の崩壊、学級崩壊、凶悪犯罪の増加、引き籠もり、家庭内暴力といったことはその現れにすぎません。

 恋愛は、修行です。恋愛は、真剣勝負です。一歩間違えば、修羅場と化す。だから、恋愛は、人生の試練でもあります。逃げてはいけない。人間として、生きようとしたら逃げられない。それは、愛と仕事です。だからこそ、最も、教育を必要としているのです。つまり、教育の成果は、愛と仕事によって計られるのです。
 
 恋愛は、哲学。ファッションは思想。

 今の教育者は、恋愛を教育しようなんて思いもよらないだろう。それは、彼等が、教育の真の目的を知らないからです。



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