真の教育とは


教育の実践


 教育で最も重大なことは、本当に教えなければならないことは、教えられないということなんです。野球で言えばボールの打ち方や投げ方を教える事はできてもボールを打つことは、また、ボールを投げることは教えられないということです。泳ぎ方を教える事はできても泳ぐことを教える事はできない。
 つまり、一番肝心な事は、教わる者一人一人が最後には、自分の力で体得しなければならないという事なのです。もし肝心な事が教えられるとしたら、名コーチについただけで全ての者は、プロの選手になれることが約束されるようなものです。しかし、現実には、どんな名コーチについても駄目な者は駄目なのです。
 これは、教育者が、常に、抱え込まざるをえないジレンマなのです。いくら、教える側の者が熱意を持って、正しいことを教えようとしても、教わる側の準備ができてなかったり、あるいは、姿勢が悪ければ習得できないのです。
 どんなに、立派な先生でも教えられない事、教えられない者がいると言う事であり、それを常に、前提としなければ教育は、成り立たない。だから、かつて、日本では、先ず教わる者の姿勢が試されたのである。教わるための準備、心構え、姿勢ができていない者を教えるわけにいかない。それが、教育の根本にあり、そして、師としての根本姿勢として基本的に許されていたのです。つまり、師も弟子を選べる。というより、師こそ弟子を選ぶ権利がある。今のように金さえ出せば、また、入学した者を教えなければならないという義務は、最初からなかったのです。教わろうという意志や姿勢のない者を教育できない。

 人生を教育する場は、教室ではなく。人生、又は、実際の社会です。

 実生活の中で、生きる術を習得すると言う事から、教育の実践は、事上の錬磨が基本です。

 教育というのは、本来、実学であるべきなのです。
 社会からの要請と自分の要求、必要性が一致したところに教育は成り立ちます。
 教育は、本来、社会からの要請に基づいてなされるものです。そして、社会からの要請とは、社会の求める必要性です。
 指導者という言葉の意味は、ただ単に集団を束ねるという意味だけでなく、教育者という意味も含んでいます。つまり、教育とは、本来、現実の社会と一体なものでなければならないのです。

 一人前の大人として、社会人として自立させる事、それが、教育本来の目的です。
 社会人という言葉が何を意味するのか。それは、社会にとって必要な人間になることです。

 必要性という概念を現代教育では、異常なほど嫌う。無用の用とか、世の中の役に立たないから、意義があるなどと、わけの分からない事を言って、学問から、実用性を排除してきた。
 確かに、過去においては、すぐに役に立つ事、直接役に立つ事以外、認めていない時代があった。その時代は、学問の必要性を説く時の方便として意味があったかもしれない。しかし、これほど、教育の必要性が浸透した今、無用のようみたいな事を、強調する必要があるだろうか。

 必要があるから教育をする。必要がなければ、教育をする必要がない。ならば、教育の必要性とは、何か。 
 必要な人に、必要な事を、必要な時に、教える。それが、教育の在り方の根本です。それは、知りたい人に、知りたい事を、知りたい時に教えると言う事でもあります。

 受ける側が必要を感じていない。教える側も必要性がわかっていない。それが、最大の問題なのです。
 受ける側が必要性を自覚していない。だから、なぜ、勉強をする必要があるのと聞くのです。ところが、答える側がそれに対しキチンと答えていない。というより、答えられない、強いて言えば、教師の生計を立てるため。だから、子供達は、勉強をする動機がなくなるのです。動機がないことを強要すれば主体性がなくなる。これでは、教育本来の目的である自己の確立に反します。ここに、教育の自己矛盾がある。
 実際に困っていない、現実を知らない、必要としていない人間が、教育をするから、実効があがらないのです。
 教育は、必要です。それも、実用です。生きていく為に必要な事、特に、生計を立てるつまり、仕事を教えると言う事は、最大の目的です。その目的を教育の本筋からはずしている。だから、教育の必要性が失われるのです。つまり、教育で一番肝心なのは、職業教育です。



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