真の教育とは


教育の基本的目的


 教育の基本的な目的。それは、教育を考えていく上で、最も重要な問題の一つです。ところが、意外とこの点が、ハッキリしていないのです。その証拠に、子供達に、なぜ勉強しなければならないのときかれた時、きちんと答えられる人が、居ないのです。

 教育の基本的目的をハッキリするためには、教育の前提になることを確認しておく必要があります。教育の前提とは、人間は、第一に生きていかなければならないという事。次に、自分をコントロールしなければならないという事。そして、最後に、社会生活をいとまなければならないという事です。

 難しいことではなく。当たり前なことができないことが問題なのです。
 教育は、難解なことを教える事が目的ではありません。むしろ、社会人として当たり前な事を習得させる事が大事なのです。
 いくら、学校の勉強ができても、善悪の判断ができないのでは、教育する意味がありません。

 多くの人は、哲学的な事で悩んでいるわけではありません。下世話な事で悩んでいるのです。人間関係が上手くいかないとか、どうしたら、欲しいものを手に入れられるのかとか。それを、解決するための手立てを教えるのが、教育です。

 教育の目的は、生きることを学ばせることです。生きていく為に、本当に必要な事は何か。それを考えれば、教育の目的が、おぼろげなまでも見えてきます。

 ここで、一つ注意を、しなければならない事があります。知恵や知識というものは、扱い方を間違えば、凶器になることを忘れてはなりません。心を教えないで、技のみを教えるのは、凶悪な者に凶器の扱い方を教えるようなものです。それでなくとも、子供のそばに、刃物を置く危険性は、誰でもわかるでしょう。
 車は、凶器だと自動車教習所では教えます。なにも、人を殺そうとして運転しなくとも、酒を飲んだり、ちょっとした不注意でも、人を殺してしまう事がある。しかし、学校では、心構えを教えてはならないと思っているようです。なぜなら、思想的すぎるという事らしい。しかし、教育の根本は、思想です。それを、否定したら、教育は成り立ちません。

 まず、第一に、教育に求められているのは、人の世に生きていくために、必要な術を教える事です。

 運転の免許書のように民主主義国には、人生免許、生き方免許のようなものが必要です。だから、義務教育が課せられるのです。

 生きていくために必要な事は、微分、積分のような高等数学でも、物理学のような高度な理念でもありません。
 生きる為には、まず、食べていかなければなりません。
 箸の使い方、つまり、箸の上げ下ろしを教えなければなりません。歩き方や声の出し方から教える必要があります。座りかたや姿勢も大事です。次に言葉を覚える必要があります。

 それから、社会の仕組みを覚える必要があります。
 特に、経済の仕組み。人間は、経済を低く見る傾向があります。損得勘定というのは、卑しい事だと言う考え方です。商人というのは、いつも低い階級に位置づけられる場合が多い。特に、日本では、士農工商という具合に、最も低い卑しい身分という考え方が、定着しています。しかし、実際の社会では、経済というのは、強い力を発揮する。この事を正当に評価し、経済を認めることが先決です。

 家族の仕組み。経済の仕組み。選挙の仕組み。法の仕組み。国の仕組み。
 それから、金利の仕組み。貯金の仕方。ローンの組み方。切符の買い方。物の買い方。電話のかけ方。電気製品の使い方。税金の知識。学校への生き方。子供の育て方。病気になったらどうするのか。やって良い事、悪い事。悪い事をするとどうなるのか。保険の仕組みや入り方等々。
 非常時や緊急時の時のどうすればいいのか。救急車や消防車、パトカーの呼び方。護身術や防災知識。救急処置の方法等々。

 それから、文字を覚える必要があります。それから、簡単な計算の仕方。もっとも、読み書きソロバンの必要性が言われ出したのは、最近のことです。特に、民主主義になつてから顕著に言われるようになりました。それまでは、文字を読めない人は沢山いました。つまり、読み書き、計算を教えるのは、民主主義的なのです。これだけ見ても、民主主義社会は、思想的なのです。

 それから、会議のやり方、ルール、議決の取り方、話し合いの仕方は、民主主義国の必須の教科です。会議だって、議決だって目的に応じていろんな種類がある。それを覚えるだけでも数年はかかる。

 民主主義社会で生きていく為には、学ばなければならない事は、たくさんあります。
 むろん、義務教育の意義と目的、それから税金の計算の仕方、公的年金の給付の受け方、社会保険制度の内容は、義務教育期間中に教わっていなければなりません。選挙制度の意義と目的、実際、これは、民主主義の根幹に関わることです。裁判の受け方も必要です。法の意義と目的、最低限守らなければならない法。歩行者が、守らなければならない法なんて、自動車教習所で教えてくれませんし、自動車免許を取る人間だけが、知っていればいいわけではありません。
このような事を知るのは、国民の義務であると同時に権利でもあります。
 これらは、民主主義国で、生きていく為に、当然知らなければならない常識。ところが、民主主義国のはずの日本で、ごく一部の人間しか理解していない常識なのです。

 次に、重要なのが、自分をコントロールする術を身につける事です。
 自制心、克己心を養うことです。そして、決断力を養うことです。
 先に、あげたのが外部の規律なら、これは、内面の規律です。そして、この外部の規律と内面の規律の調和が重要なのです。

 第三番目に必要なのは、人とのつきあい方を習得することです。。
 親と子、友達、男と女、先輩と後輩とのつきあい方を身につけさせるのは、教育の重大な使命の一つです。
 つまり、外部の規律と内面の規律、この二つを調和させるための人間関係。この三つを身につけさせる事、これが教育の基本的目的です。

 作法や礼儀というのは、社会の基礎となる思想や制度に依るのです。そして、社会の思想や制度を補強する。故に、改革や変革の標的にされるのも作法や礼儀です。
 しかし、新しい思想や制度を定着させ、補強する為には、礼儀や作法が必要になります。だからこそ、礼儀や作法は、教育によって浸透させる必要があるのです。
 結局の所、世の中の大人が教育に望む最たるものは、礼儀作法、躾、行儀作法です。しかし、このことも経済同様、教育界では低く見ている。というより、民主主義教育では、触れてはならないことの代表のように考えている。
 しかし、実際は、民主主義にとって必要不可欠、根幹をなすことなのです。

 口の利き方、話し方を身につける必要があります。挨拶の仕方は、意志の疎通に欠かせないことです。食べ方、つまり、食事の作法は、集団生活の中では重要な徳目です。
 酒の飲み方というのは、最も象徴的なことです。酒は、人を酔わせます。お互いの意志の疎通をはかる有効な手段であると、同時に、礼儀作法を試される場でもあります。

 民主主義が、個人の権利を尊重し、社会的な意志決定を前提としている以上、人間関係を支える、礼儀作法、公衆道徳は、教育の中で最も重視しなければならない、課目です。しかし、こういう事は、日本の学校では教えない。教えてはならないと思いこんでいる。なぜか、礼儀作法というのは、思想的だという理由で、それも、封建的だという理由でです。全く何もわかっていない。礼儀作法が封建的なのではなく、その礼儀作法が依っていた社会が封建的なのです。言い換えれば、無礼も礼儀作法のうちの一つ。ならば、民主主義は無礼なのか。違います。民主主義にとって、礼儀は、最も大切な徳目の一つです。礼儀を否定している者が、無礼なのです。彼は、民主主義の意味がわかっていないだけです。
 人とのつきあい方の多くが、その土地、その社会によって流儀が違います。集団や地方固有の作法を学ぶ必要があります。このように考えると、その国、その土地のしきたりや掟が重要な鍵になります。だからこそ、教育には、地域社会が、深く関わる必要があるのです。
 禁忌、祭礼、儀式、冠婚葬祭は、その土地の文化です。文化を継承していくのも教育の重要な役割の一つです。

 そして、四番目が、後事を託せる人材、つまり、次の時代を任せられる人間を育てる事です。これが意外と重要なんです。いつまでも、子供扱いをしていては、責任感も、自覚も持てない。重要な事を、どんどん相談し、責任を持たせる。だから、大切なのは、教えるではなく、やらせてみるなんです。

 次に、学ぶのは、自己実現に必要な事です。これは、教育の究極的目的につながります。
 自己実現というと難しく聞こうますが、要は、人生の目的というか、夢のようなものです。

 最後に注意しておく事は、教育に求められるのは、最低限の事柄だという事です。最高のものを求めてしまうと、教育は、成り立ちません。つまり、教育は、聖人君子を求めるのではなく、社会人として当たり前な知識と技能を身につけることが基本的な目的なのです。ただ、自己実現は、教育の延長であり、究極の目的なので、明確にする必要があるのです。



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