教育の理想を求めて

解るとか、解らないとか。


解りましたと言うが、一体、何がわかりましたというのか。
例えば失敗にしても。
失敗した事がわかるというのか。
失敗した原因が解るというのか。
失敗に対してどうしたらいいかわかるというのか。

病気だというのがわかるのか。
病気の原因がわかっているのか。
治療の仕方がわかるというのか。

一番肝心なのは、治療方法だけれど、病気だという事がわかっただけではどうしようもない。かえって苦しむだけである。

裏返して考えてみるといい。

失敗した事がわからないのか。
失敗した原因がわからないのか。
失敗した後どうしたらいいかわからないのか。

一番始末が悪いのは、あなたが言っている事はわかりますが、どうしたらいいかわからないという時である。それでもつい解りましたと言ってしまう。
それでついつい時間がたってしまい。結局、土対場になって慌てる事になる。

解りましたと言われた方は言われた方で言われた以上は様子を見なければならない事になる、

だから安直にわかりましたなんて言われると始末が悪いのである。


最近の人の間違いは、問題を指摘された時、問題を指摘したものは、言い訳や弁解、謝罪を求めているわけではなく。問題点を明らかにし、それに対する処置をきいているのである。

何かあるとすみません、すみませんと口癖のように謝る人がいるが、聞き苦しいし、大体、誤って済むような事は少ない。多くの場合、結果が出ていない事の方が多く。下手に謝られると物事の本筋がずれてしまう事がある。また、終わってもいない事が終わってしまう事がある。
いきなり謝られると謝らなければならない事があるのかと錯覚される。何かしら後ろめたいものがあったとしてもとにかく謝ればいいというのはお門違いであり、心のない謝罪は、かえって気分が悪くなる。

かと思うと、いきなり、言い訳や弁解から入るのも困る。言い訳をされても弁解をされても意味がないし、言い訳や弁解をされると問題の本質が見えなくなることがある。また、言い訳や弁解を撤回させるためにいらぬ労力と時間を無駄に費やさなければならない。素直に認めるべきところは認めて前向きな事に取り組んだ方がいいに決まっている。

いきなり口答えをされるのもめんどくさいと思う。口答えをしたところで、何の解決にもならないし、例え、自分の言い分を相手に聞かせたところで何らかのしこりが残る。口答えをする前に、前向きな答えを考えるべきなのである。



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